「最近こういうニュース増えましたね」
と、リビングにある大画面のテレビモニターを見ながら呟いたのはシンだった。
どうせ見るならデカい方がいい、と懐をはたいて彼が買ったそれは、本当に大きくて居間のスペースを占領している。別に部屋が狭くなるのは気にしないけれど、慣れるまでは圧迫感を感じてしまうのは致し方ない事だろうか。テレビの前にあぐらをかいて座り、身を乗り出すようにしてニュースを見ているシンの後ろ姿を、アスランは彼の背後に立ち片手にコーヒーカップを持ちながら、やや溜め息混じりに眺めていた。
「余り近くで見ると眼が悪くならないか?」
「平気ですよ。それよりコレ。クライン議長が最近熱心にやってる案件でしたよね?」
「あぁ、女性であるラクスらしい政策だな」
今、ニュースはある一つの報道をプラント中に流している。それは戦災孤児達の養子縁組である。再び繰り返された戦争という悲劇の中で、身寄りを喪った子ども達が沢山居たのだ。望まずして独りという境遇となってしまった幼き子らに、プラント評議会が全面支援して新しい『家族』をもたせよう、というものだった。
きっかけはかつてシンとアスランが乗船していたミネルバの艦長、タリア・グラディスの忘れ形見である子どもの保護だった。崩れ行く要塞の中で彼女が遺した言葉を、あの場に居たアスランとキラは忘れずにいて。合流したエターナルでラクスに伝え、そして保護したのを始まりとしてこの養子縁組が広まっていったのであった。
「あぁ、今回は多いですね」
「そうだな。この政策への市民の理解が深まったからだろうな」
モニターの向こう側で見知らぬ大人と幼き子が手を取り合って笑っている。それを見てシンは何処か遠くを見るような眼差しで儚く笑っていて。
「…幸せになれるといいね、この子ども」
と呟いたのだ。その言葉に、アスランは一瞬だけ言葉を詰まらせた。思わずカップを持つ指に力が篭る。
シンも戦災孤児である。彼はオーブで全てを喪って、力を求めてプラントにきた。そうして数々の出逢いと別れ、救いと過ちを得て今此処にいる。
「…シン」
「はい?」
黒い液体を一口すすり、飲み干すと同時に意を決して彼を呼ぶ。するとシンは躯をモニターに向けたまま、首だけを後ろに向けてアスランを見上げた。
何?と不思議そうにアスランを映すその赤い眼は、まるで出会った頃のような純粋な表情をしながらも、著しく成長し逞しくなった肉体が時の流れを感じさせるから。アスランはつい懐かしむように目を細めてしまった。
「いや…もしお前が希望するなら、だが…」
「ん?」
「俺達も養子を向かえるか?」
「………は?」
アスランの突然の申し出に、シンの眼は真ん丸になった。
確かに独りぼっちは寂しい。シンは身をもって知っている。だからモニターの向こう側の子供が幸せになればいい、と願うのは当然だし、誰よりも想いは強い。
けれど、何故それが今、と。素直に疑問に思う。
「何でまた急に…?」
「いや、急ではないんだがな…。前から考えていたんだ」
聞けばアスランはシンから目線を反らして隣に座った。カップを床に置き、居心地が悪そうに正座している。
「あの…やっぱり、家族、欲しい、だろ…?」
「はぁ?」
「お前、一人だし…、いや、それは俺も同じだが…。その…子供、をな………」
ぶつ切れな片言をモゴモゴ喋り、アスランは正座して肩をすくめながらシンに伝えた。隣でシンがびっくりしているのは判っている癖に、決して隣を見ようとしない。
話の流れが全く見えていなかったが、アスランの口から出た『子供』という言葉で、シンは漸く彼が何を云いたいか理解できた。
つまりは、そういう事、である。
「アンタ…子供、欲しいの?」
アスランみたいにまどろっこしいのはシンには無理であるから、単刀直入に聞いてみた。するとすくんでいた肩がビクンと揺れて。う、と喉を詰まらせているから。
「何と無くアンタの云いたい事判りました」
それなりに付き合いは長くなった。出会って二年、付き合いだしたのは最近だけど、一つ屋根の下で暮らし始めて一年になろうとしている。戦時中には分からなかったアスランの堅物らしい真面目さだとか、初過ぎる常識だとか、凄くよく判っている。
正座したままうつ向いているアスランの顔を覗きこもうと、シンが彼の膝の上に頭を乗せてゴロンと寝転がった。そうして手を真上に伸ばしてアスランの髪をひっ掴む。
「シッ、シン!」
「うっさい、じっとしてて下さい」
「あ…うぅ…」
いきなり膝枕をさせられた上に髪まで引っ張られてアスランが軽く叱るも、逆にシンに強く云われて反論を封じられた。この体勢では顔を背ける事も下から覗きこむシンから逃げる事も出来なくて。隠せなくなった表情を全て見られる事に、アスランは明らかに狼狽していた。
「アスランさん、アンタ自分が何云ってるか判ってます?」
「………ああ」
「養子縁組がしたい、ってそれは本心?」
「ああ、うん…」
「子供が欲しいって事だよね、それ」
「………」
「俺もアンタも独り身だからね」
そこまで云ってシンは一旦口を閉ざし、まじまじとアスランを見つめた。その真剣な眼差しに僅かに怒りが込められているのを、彼は気付くだろうか。
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